その姿に「パートナー」「連れ合い」という言葉が思い浮かぶ、そんなご夫婦がいる。
Hさんご夫妻もその一組。
はじめてお会いした時の印象は、男気のある寡黙なご主人と、さっぱりとした軽やかな奥様。人との距離感を大切にされていて、親しんでも慣れあうことはない、上品だけどユーモアのある、そんなイメージだった。
ある日のこと。
お買い物の代行に伺うと、用意してくださっていたメモの中に「ボジョレ・ヌーボー」の文字があった。
もうそんな時期なんですね、と言うと、
「毎年ふたりで飲んでいるのよ。おいしいかどうかは別だけど、こういうの好きじゃない?日本人は。」と奥さま。
今年は主人は舐める程度かもしれないけど、毎年楽しみにしているから。
おつまみのスモークサーモンは、サラダにものせられるから私も食べるし、と。
年に1度の楽しみか~、と思いながらスーパーに到着。ところが、どこを探しても「ボジョレ・ヌーボー」は見当たらない。おかしいな、チラシにも書いてあったのに、と預かったチラシをもう一度見直してみる…と、
「あ!」
ボジョレ・ヌーボーの解禁日は、翌日だった。
1日前に入っていたチラシをみて、奥様は「今日」と思ったに違いない。
どうしようかな、でもほかのワインを買っていっても意味がない。
もしかしたら、明日お出かけの際に買っていらっしゃるかもしれないから、とりあえずおつまみ用にとおっしゃっていたサーモンは買っていこう。
そして、会計を終えて自転車へご自宅へ向かう。
自転車を漕ぎながら頭の中で自分と会話する。
ねえ、ワインって重いよね。明日お出かけする用事があったとして、Hさんは購入されるかしら。いや、しないだろうな、したとしても重くて大変だよ。だから頼まれたんだもの。でも、訪問は明日じゃなくて今日なんだもの、どうしようもないよ、まだ解禁していなかったんだし。でも年に1度の楽しみなんだよ。来年があるって保証もないかも。でも訪問日以外に訪問することはできないよ、介護保険なんだもの。何かいい方法はないかな、お互いにとっていい方法。
そこでピン!ときた。いい「道具」がある。
チャイムを鳴らして入室。買ってきたものを袋から取り出して、確認していただく。
そして、Hさんに告げる。
「ボジョレは…解禁日は明日でした。まだ売っていなかったんです。」
Hさんは「あら、チラシをみたから勘違いしちゃったわ」と笑う。別にどうってことないんだけど、そう、残念だわね。ちらっと寝室のご主人を見る。
Hさんの言葉が終わるのを待って、やっぱり提案してみようと心を決める。
「それでね、Hさん。もしよかったら、これ使ってみませんか?」
それは、Hさんから本をお借りした時にお礼にとお渡しした「地域通貨ぶんじ」。
国分寺の有志ではじめた、「ありがとうカード」と「通貨」の性格を併せ持つ地域通貨だ。今日は、背中を押してくれる道具として力を借りた。
いつもお買い物用に出してくださるお財布に入れてあったので、それをテーブルに取り出した。
「介護保険だと、わたしは明日ボジョレをお届けすることはできないけど、“ぶんじでお願い”と言ってもらえたら、行けるなと思ったんです。もしよければ、ですけど。」
視線を合わせたまま少し黙って、それからHさんが「あなた、明日行く用があるの?」とおっしゃる。わたしもご飯の買い物にいくついでです、と答える。
「じゃあ、お願いしようかな。あなたも買うの?」はい、Hさんのお話聞いていたら、飲みたくなったから、うちも買ってみます。
そして、次の日。
お昼前に、訪問の合間の時間を見つけて、スーパーへ。あった~!割れないように包んでもらって、Hさんに電話。
もしもし?今おうちにいらっしゃいますか?
「はい、おりますよ。」
では、今からワイン便をお届けにあがりますね。
「あら、はははは。お待ちしております。」
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