2017年3月29日水曜日

「できない」のか、「しない」のか


出会った情報について、覚えていたり関心を持ったりすることは「自分に関係がある」ことだと思う。

逆に、すぐ忘れてしまったり聞き流したり、さらには聞かなくてもいい・読まなくてもいいと判断することもある。それは「自分には関係がない」ということとほぼイコールで、そうやってバランスをとっている、という感じがしている。

全部を覚えているのは到底無理だし、その必要もない。

 

「自分とは関係がないから」というとき、その中には関係はあるんだけど「関われない」「関わり方がわからない」が含まれていることがあるなぁ、と思った。

「それ、とても大切だと思います。でもごめんなさい、関われないんです。」
「関わりたいと思うんですけど、どうしたらいいのかわからなくて。」みたいな気持ち。
たとえば家族や親族の介護に対して。たとえば通勤途中に、捨てられた犬を見つけてしまった時。


身近な誰かがそう判断して、そんな判断をしているその人自身を責めていたら、「言い訳でもいいんじゃない。タイミングだもの。逃げることが必要な時もある。」と言いたくなると思う。内容にもよるのかな。

 

 

それでも、

できるだけ「できない」じゃなくて、「しない」と言いたいなと思った。
「できない」には、誰かのせいにするニュアンスが含まれているような気がしたので。
「できない」という言葉には、理由を説明しなくてもいい魔法がかかっているような気がしたので。

 

「しない」と言うには、理由を説明する必要がある。説明するには、わかっている必要がある。「今はしません」でもいいと思うし。実際に口に出す言葉は選ぶけれど。自分が自分に対してなんと言うか、という話なのだけど。

ソウゴウジギョウ


国分寺市の介護の制度が、この4月から少しずつ変わります。

関係ない、と思われますですかね。

まぁ、暇なときにでも、どうか読んでみてください。

 

■まず、どんなふうに制度が変わっていくのか、ということについて。

全国的に(自治体ごとにスタートの時期は少し異なりますが)「総合事業」というのが始まります。国分寺市は、この4月から本格スタートです。

 

ソウゴウジギョウ…

いきなり余談ですが、

この名前を聞いて、わたくし圧倒されてしまいました。なんだかとてつもなく大きな「相手」のような感じ。

いくら勉強してもまだまだ知らない部分がありそうで、不安ばかりが募るのです。

変わる、ということはエネルギーが必要ですから、何となく避けたい気持ちもあるのかもしれません。

 

そんなわたしに主人が一喝。

「制度って、経験値とは関係なくだれでも勉強すればわかるもの。」

はい、ごめんなさい。ただ勉強したくなくて言い訳していただけかもしれません…反省。

 


話は戻って、

「総合事業」と呼ばれているこの制度は、

正式には「介護予防・日常生活支援総合事業」と言います。

 

 

わたしが理解できている範囲ですが、さらに言うと訪問介護に限ってお話するのであれば、ざっくりと2つのポイントがあって、

 

●1つ目は、

介護保険制度を誰がコントロールするのか、ということについて。

これまで中央集権型=国が主導でやってきましたが、それでは財政面も苦しいし、もっと市民の声を直接聞けるやり方をもともと目指したかったということで、

これからは分権型=市町村が制度運営をおこなう部分をつくりましょう、という点。

 

●2つ目は、

担い手について。

これまで資格をもった訪問介護員=ヘルパーのみが「訪問介護」を行うことができましたが、

介護度の低い方の生活支援であれば、研修をうけた「支援隊」「応援隊」(これは国分寺市独自の名称です)でも訪問OKとしましょう、ということになりました。

 

北欧かドイツか、ごめんなさい、ちょっと度忘れしちゃったのですが、

「支援隊」のようなことを学生さんがやっていらっしゃる例が多いとか。

日本だと、どうしても「元気な高齢者」に担い手の焦点があたりがちですが。

普段出会わなかったかもしれない世代の交流…いいなぁ。

 

これをまとめると、

「市町村が中心となって、地域の実情に応じて、住民等の多様な主体が参画し、多様なサービスを充実することにより、地域の支え合いの体制づくりを推進し、要支援者等に対する効果的かつ効率的な支援等を可能とすることを目指すもの」(厚生労働省HPより)

 

…となるようです。

 

■■■

この2月にも、「支援隊」の研修がおこなわれまして、

最後の日に「実践の現場から」ということで、訪問介護からはうちの齋藤がお話をさせていただきました。

 

はじめは、わたしたちが大好きな本を参考にしながら、
それから、「これはここで伝える必要があることなのか」とか、「わたしたちの身体から出た言葉じゃないね」とか言いながら書き変えていきながら、

この過程は、事業所内(=家庭内でもある)コミュニケーションの訓練にもなるねぇと話していました。

貴重な機会をありがとうございました。

2017年3月11日土曜日

オナラ


ある日、「あなたのおかげで、ずいぶん気が楽になったわ」と、突然Yさん。

どうやら、前の週に話した「主人の前でオナラをしてしまって~」という告白のことを指しているご様子。

 

とても女性らしいYさんは、今でも、他界されたご主人を間近で感じでいらっしゃるし、だから人前(=ご主人の前でもある)でオナラをするのは恥ずかしく情けない、とおっしゃる。

 

「えりちゃんよ~、年をとるってのはこういうことだよ。今にわかるよ。」とおっしゃるYさん。その場面に立ち合い、「これからきっと何度も経験するであろうオナラを笑顔でお迎えしてほしい」とわたしは思ってしまい、とっさに前述の話をした。

「わたしはもうすでに、オナラを聞かせてしまっています」と。Yさんは大きな声で笑った。

 


その日の帰り道に、わたしは自分のためにオナラの話をしてしまったな、という気がしていました。Yさんの恥ずかしさや情けなさの前でどんな風に居たらいいのかわからずに、笑わせる方向に逃げてしまった。笑顔をみて、わたしが安心したかった。

 

生きることは老いることと思いながら、その変化を受け止めたり受け止められなかったりする時に、そうかと聞ける相手でいたいと思いながら、身体はそちらへはシフトしていなかった。

 


だから、次の週に「気が楽になった」と言われても、思い当たる節がなかった。何のことですか?と聞いて、やっと話がつながった。

 

Yさんの話はこうだった。

「オナラをすることは恥ずかしい。でも、あなたが人前でオナラをしてしまうと聞いて、立派な人じゃないんだなと分かってよかった。もう、ありのままでも大丈夫だね。」

YさんがYさんの意味に消化してくれたことで、わたしが救われた。

 


こんな風にしたいと思って行動したことが、思い通りの結果を生むわけではないから、何かを意図するということは無駄だなぁと思うことがあった。だから、その時々で最善手を打てる経験と体力と、勝負師のようなたくましい心をつけなきゃなぁと。

でも、自分じゃないんだな。相手があって、今ここにいられるんだなと感じた。

2017年3月2日木曜日

お茶請け


お話を伺っていると、
おうちに人をあげる時は必ずお茶を出す、というのがDさんのルール(のよう)。
「自分も喉が渇いたから」と言って、でも、わたしの分だけお茶を淹れてくださいます。
(本当はいただいてはいけないのですが…)
 
先日、入浴のお手伝いのあと、やはりお茶を淹れてくださるDさん。
「水筒持っていますから~。お構いなく~。」とお風呂の片づけをしながら声を掛けるも、台所ではシュンシュンとお湯の沸く音が聞こえます。
 
片付けを終えて、記録を書くためにテーブルにつくと、いつものようにお茶を出してくださいました。
「はい、これあなたの分よ。」とDさん。
いつもすみません。
「何かお茶請けがあるといいんだけど」と、いつもとは違う展開。
いやいや、これで十分です。うれしいなぁ、あたたかいお茶。
 
 
すると、Dさん立ち上がり、戸棚をごそごそ。
おもむろにグラスを取り出し、オレンジジュースを注いでいます。
Dさんは冷たい飲み物がお好きとおっしゃっていた、と思い出し、一人合点していると、
 
「はい。おみかんがあると思ったんだけどなかったから、これどうぞ。」と。
 
目の前には、お茶とオレンジジュースが仲良く並んでいます。
たしかにこの2つは相性いいです。剥いたり噛んだりする手間も省けていいかも。